MONG@の四国お遍路

2000.7.14
       
第9番・正覚山 法輪寺(菩提院)
 
「田中の法輪寺」と言われるだけの事はある。
第8番熊谷寺から2.7kmは、田んぼのあぜ道のような狭い道路を走らされる。
一度標識を見失ってしまうと、広々として目印のない田んぼの中で迷い子になっていまう。
問いかけようにも、農閑期では人にも出会えない。
この寺の本尊は,四国88箇所の中では唯一、お釈迦さまが右脇を下にして横たわった珍しい釈迦如来涅槃像だった。
涅槃(ねはん)とは、「悟りの境地」を指すとともに、「釈迦の死」を意味する。
この寺はもともと、熊谷寺の西、法地ケ谷にあった。
この谷には、白蛇が棲んでいた。
弘法大師はこれを仏の使いだとして、涅槃像を彫り、堂宇を建て、「白蛇山法淋寺」と名づけたそうだ。
天正年間(1573から591)に、長宗我部の兵火で焼かれた。
江戸時代にこの地に移転、再建され、いまの名に変わったという。
徳島県板野郡土成町土成字田中198-2(JR徳島線鴨島駅下車、バスで9分)
高野山真言宗
開基=弘法大師
本尊=涅槃釈迦如来
ぐるっと見渡す限りの水田。
慣れない人は、標識を見落とさないように走らないと、迷い子になってしまう。
白い土塀の囲まれ、山門の左手に4、5台収容の駐車場があるだけなので、車でのお遍路さんは要注意。
山門にぶら下げてあった「健脚祈願」の草鞋は長さが1mほど。
よく見ると、硬貨いっぱい差し込んである。
あとで知ったが、第17番井戸寺の山門の草鞋は9mを超し「四国霊場最大」と書いてあった。
名物のイチョウの巨木が去年の台風で倒れるまで、ここに大きな日陰をつくり、お遍路さんの”休憩所”になっていた。
その跡に2代目が根を付けていた。
本堂の下を覗くと、イチョウの巨木がきれいに製材されて納めてあった。
「本堂の修理につかいます」とお寺の住職さん。
お釈迦さんが80歳のとき「涅槃」に入ることを悟られたたという、その「釈迦如来涅槃像」を見ようと本堂を覗いたが、中は真っ暗で何も見えなかった。