MONG@の四国お遍路

2000.8.10
   
 
第29番・摩尼山 国分寺(宝蔵院)
 
四国の四つの国分寺の中でも土佐の国分寺は、いつ訪れても、落ち着いた雰囲気で、古代のロマンが楽しめる。
広い田圃の中に浮き上がった杉木立、白い土塀に囲まれた境内、山門の向こうに点々と見える古びた堂塔、苔むした庭園・・・・・・・
1200年前、創建当時もこんな風景だったのだろう、と想像してしまう。
国分寺から北東に1.5kmには土佐国衙跡がある。
「土佐日記」で知られる紀貫之邸跡が近くに遺っている。
その東500mには、白鳳時代の寺院跡、比江廃寺塔跡遺る。法隆寺系の鐙瓦、軒瓦が掘り出された。
時代は下って戦国時代、四国全域を支配下におさめた長宗我部の本拠地、岡豊城跡は、国分寺の西2kmの小高い丘の上にある。
この地は長らく土佐の文化、行政の中心だったようだ。
高知県南国市国分546(JR土讃線後免駅で下車、バス10分)
真言宗智山派
開基=僧行基
本尊=千手観世音菩薩
宿坊=80人収容
大日寺からいったん野市の町並みに戻り、西に進むと、南国市に入る。
土佐電鉄の電車通りを「すずえ農機」前の交差点から北に入り、JR土讃線後免駅前を通り越して踏切を渡り、しばらく行くと左手に目指す国分寺の杉林が見えてくる。
国分寺は広い田圃のど真ん中に、杉木立に囲まれている。
この辺りは香美、長岡の一字を取って「香長平野」と呼ばれ、県下で一番の穀倉地帯になっている。
早くから開け、古墳群が点在している。
白い土塀に囲まれた境内。
山門前には、お遍路さん相手の食堂や土産品店が数軒あるだけで、周囲は田圃ばかり。
山門を覆う杉の巨木。
かつて境内は東西に150m、南北に450m、南東隅から北かけて当時の土塁が残っている。
東大寺式の伽藍配置で、礎石から塔だけは三重の塔だったらしい。
金堂は国の重要文化財。
平安時代に焼け、永禄元年(1633)に長宗我部元親によって再建されている。
二体の木造薬師如来立像も国の重要文化財で藤原時代の作。
本堂から納経所のある書院まで、苔が敷き詰められて楽しめる。
書院の廷内には、創建当時の塔の心礎が保存されている。