MONG@の四国お遍路

2000.9.28
   
 
第41番・稲荷山 龍光寺(護国院)
 
三間の豊かな穀倉地帯を見渡す高台にある。
弘法大師はこの地で、「仏法と民を守る者だ」と名乗る、稲を背負った不思議な老人に出会う。
きっと五穀大明神に違いないと、稲荷大明神の像を刻んで堂宇を建て、稲荷山・龍光寺とした。
参道を上り詰めた高台に稲荷神社があり、その下に本堂がある。
五穀豊穣を願う稲荷寺として栄えてきた。
四国霊場88カ所のうちで、ここだけは神仏を一緒に祀っている。
しかし、平和な時代ばかりではなかった。
愛媛県北宇和郡三間町戸雁173(JR予讃線宇和島駅下車、バスで30分さらに徒歩20分)
真言宗御室派
開基=弘法大師
本尊=11面観世音菩薩
龍光寺の本堂。
三間平野を見渡す高台にある。
その東2kmには、土居清良(1546〜1629)の居城、大森城跡がある。
その一代記「清良記」のうちの「親民鑑月集」は日本最古の農業書として有名。
戦国時代の農民の生活に詳しく、他国の武士集団は秋の収穫期を狙って襲ってきた。
この穀倉地帯をめぐっては、土佐から長宗我部、土佐中村から一条家、豊後から大友氏が侵入して争った。
本堂から見た三間平野。
永禄3年(1560)には大友軍3万5千人が侵入、大森城主土居清貞とその一族300余人は討ち死にした。
「三間のお稲荷さん」と親しまれる神社は、参道を上り詰めた一番上にある。
本堂は稲荷神社のその下の左側。
年輩者の多い団体客。
高い石段を登って一息、後から来る連れを待つ。
大師堂で勢揃いしてお参りする団体客。
団体客が参拝、読経している間に、バス会社の添乗員はお客の納経帳や掛け軸の納経をすませるのに大忙し。
こんな団体客とぶつかると、納経所には納経帳、軸などが山積みされて、たっぷり待たされる。