MONG@の四国お遍路

2000.7.18
   
 
第62番・天養山 宝寿寺(観音院)
 
天平年間(729辛48)に聖武天皇、光明皇后の勅願で創建された、と言うから古い。
弘法大師はその光明皇后に似せて11面観世音菩薩を彫っている。
この観音像は秘仏となっている。
さてそのころ、国司越智氏の夫人が難産で、祈祷を頼まれた大師は、境内に井戸を掘り、その水を夫人に与えたところ、無事男子が誕生、「安産の観音さま」の伝説が生まれている。
愛媛県周桑郡小松町新屋敷甲428(JR予讃線伊予小松駅下車、徒歩1分)
高野山真言宗
開基=聖武天皇
本尊=11面観世音菩薩
第61番香園寺から東に2km、国道11号沿いにあり、すぐ分かる。
入り口の駐車場は狭い。
国道脇の路地をはいると、「一国一宮宝寿寺」の大きな石柱が立っている。
伊予一国一の宮神社の別当寺だった歴史がある。
山門はいま、解体されている。
境内入り口に、古い石の道標が並べてあった。
江戸初期に四国霊場を踏査してガイドブック「四国遍礼道指南」を著した人物として有名な信念が自ら立て道標が、この中にある。
この寺は天平年間に建てられたときには「金剛宝寺」と呼ばれて中山川下流の白坪にあった。
しかし川の氾濫で荒廃、天正13年(1585)の豊臣秀吉による四国征伐の戦火で消失、寛永13年(1636)に再建されている。
今の寺はその後、大正時代に予讃線の開通でこの地に移転して来ている。
山門をくぐると高く聳えていたチシャノキ(カキノキダマシとも言う)は、数年前に倒れていまい、切り株だけが残っていた。