MONG@の四国お遍路

2000.12.5
   
 
第72番・我拝師山 曼荼羅寺(延命院) 
 
紅葉に包まれた第71番弥谷寺から鳥坂峠を越えて東南6kmにある。
弘法大師が幼少のころ修行した五岳山の一つ「我拝師山」の麓にある。
もともと、弘法大師の祖先、讃岐国多度郡司、佐伯氏の氏寺として推古4年(596)に創建されたが、大師が唐から帰ったあと大同年(807)、持ち帰った大日如来と曼陀羅を安置、唐の「青龍寺」に模して堂塔を建てた、と伝えられる。
境内には、大師お手植えと伝えられる「不老の松」が今も直径17mにわたって枝を張り、元気に緑の葉をつけている。
本堂わきには、西行法師が歌に詠んだ「笠掛けの櫻」や「昼寝石」もあり、これを見に訪れる人も多い。
香川県善通寺市吉原町1380−1(JR土讃線善通寺駅下車、バスで15分)
真言宗善通寺派
開基=弘法大志師
本尊=大日如来
山門の前は水田、辺りにはミカン畑が広がっている。
境内の上に狭い駐車場がある。
本堂をくぐると、正面は本堂。
左手の紅葉した櫻が西行法師ゆかりの「笠掛けの櫻」。
歌人、西行(1118から190)は武勇に優れながらも23歳で出家、高野山で修行したあと、弘法大師旧跡を巡るため四国へ旅立ち、この地に数年滞在している。
桜の枝に笠を忘れた人を思って「笠はあり、その身はいかになりぬらん、あわれはかなきあめが下かな」と詠んでいる。
木の下の石は、この寺をよく訪れて昼寝した石。
客殿わきの「不老の松」。
大師堂で読経を済ませた幼い兄妹。
第73番札出釈迦寺に行く途中から北に500mほど入ると西行庵跡「水茎の岡」がある。
西行法師がここに滞在したのは、3年との7年とも言われている。
西行庵の竹藪には墓石が並ぶ。
西行が四国に来たのは、保元の乱に敗れて四国に流されて亡くなった崇徳上皇の御陵詣での目的もあったようで、第81番札所白峰寺でも詠んでいる。
庵のそばからは、松山自動車道が走る鳥坂峠が見える。