お城のある風景1

中国・西安市の城壁


1999.11.15

都市を守る城郭は、旧大陸では珍しくない。
それは都市の景観に、一層の美しさを添えてくれる。
美しいお城見物は、旅の楽しみの一つになっている。ヨーロッパなどでは、それだけのツアーまである。
ただ中国の場合、事情はすこし違っているようだ。
わずか50年ほど前まで、中国では人々は、狭い城郭の中で暮らしていた。外国からの侵略軍はもとより、各地に割拠した軍閥、群盗、流民から身を守るには、頑丈な城壁に囲まれた城内で暮らすしかなかった。
中国の人たちが城内の生活から解放されたのは1949年の人民中国の誕生以来と言っていいだろう。
平和が来ると、城は要らない。
北京を始め各地で城壁が取り払われた。街を取り囲んだ城壁の跡は、、広い環状線に生まれ変わった。
これは中国5000年の歴史で例のないことだ。
ただ一つの例外を残して。
西安の人たちだけは、今も昔ながらの城内の生活を楽しんでいる。

                 MONG@


中国の古都と言えば、この「西安」だ。かつて「長安」の名で栄えた。
紀元前12世紀以来11王朝に都になった。
これは西安の観光スポットの一つ「西門」。木々に隠れて見えないが、中央にトラック1台がやっと通れるだけの門がある。
有名なシルクロードの出発点として知られる。
昔から詩人たちに歌に詠まれ、いったん城門を出ると、西域で荒野が広がっていた。
50年前までこの門は、日の出を待って開けられ、日没前に閉められた。城内に入れなかった人は、野宿をした。そんな人を相手の安宿が出来、城門の近くに繁華街が生まれた。勿論、西安駅は城外にある。
西門を抜けるとまた門がある。仮に後門と呼ぼう。この二つの門の間は、100mほどの四角い中庭になっていて、敵に城門を破られても、後門を閉じてしまい、この中庭で敵を全滅できる構造になっている。
西門を裏に回って見た。中庭に停車したバスから、城壁の高さを想像して欲しい。この中庭で、番兵たちが身分証のチェックなどをして、外敵の侵入に備えたのは、そう昔のことではない。
中庭からは、城壁に上がる階段(写真左)があるが、敵の侵入に備えて強固な煉瓦造りの番所が設けてある。
西門に上がって北側の城外を望む。侵略者を防ぐお堀が遺っていた。
南側を望むと、こちらはお堀が埋め立てられ、公園と商店街になっていた。写真では、城壁に3カ所に門が見えるが、これは交通緩和のため、解放後に造られたという。
城内はご覧の通り。城壁の上は、トラックが4台は並んで走れる。西安市は東西に4km、南北に3kmの城壁で囲まれ、東西南北各1箇所に西門と同構造の門がある。最近、この城壁を回るマラソンが催されるようになったそうだ。
城壁から見た城内。古い民家がまだ一部に遺っていて懐かしい。
西門から東にまっすぐ伸びる街路は「西大街」、「東大街」と続き、東門に至る。ここが西安の古くからの繁華街で、百貨店、市場、郵便局などが並んでいる。

東西の門、南北の門からの広い道路が交わる城内の中心に、「鐘楼」がある。ガイドブックによると「外観3層、内部2層の重建復屋楼閣で、1384年時を告げる鐘を鳴らすために建てられ、1582年に現在地に移された。釘を用いず継ぎ目なしの一本柱様式が使われている珍しい建物」だそうだ。
「鐘楼」の西に「鼓楼」がある。時を告げる太鼓を打った所だ。こんな街のつくりは北京にそっくりだ。
「鼓楼」のそばに、回族の市場があって、イスラム系の人たちで賑わっていた。なるほど、「シルクロードの東の出発点」にふさわしい、と想った。
見てきた城壁も、車社会に入って邪魔になる。城壁は各所で穴をあけられ、車を通していた。