肱川みてある記

肱川・大洲  臥龍山荘

2000.10.23

この夏、松山自動車道が伊予・大洲まで延長された。
伊予の小京都とも言われる、静かな城下町で知られる。
水郷・大洲の名物、「鵜飼い漁」のシーズンは終わっていたが、城下町の風情を楽しむ観光客に混じって、肱川流域では屈指の景勝地「臥流山荘」で、深まり行く秋を楽しませてもらった。
MONG@


県の有形文化財に指定されている「臥龍山荘」は、東南に富士山(とみすやま)を仰ぎ、妙法寺河原を見下ろす位置にあり、肱川の四季を借景として見事に取り込んでいる。
山荘の入り口の「黒門」。
大洲の観光スポット「おはなはん通り」から東に歩いて10分にある。
この山荘は文禄年間(1592〜1596)、大洲城主藤堂高虎の重臣渡部勘兵衛が庭園として造った。
3000坪の山荘に中心になる「臥龍院」。
山荘は藤堂の後に入った加藤大洲藩主によって幕末まで藩主の遊賞地になっていた。
しかし、その後は荒れ果て、明治30年(1897)頃、貿易商河内寅次郎が巨費を投じて大改修した。
「臥龍院」の「壱是の間」は格調高い書院座敷で、桂離宮様式を取り入れている。
畳を上げれば能舞台にもなり、反響音の効果も考えて造られているそうだ。
「壱是の間」から南に向けて広がる庭園。
その石組が面白い。
「壱是の間」の縁側と手水鉢。
いかにも静かな佇まいだ。
茶室の「知止庵」は、もともと浴室だったらしい。
南のはずれにある「不老庵」への道には、臼石などが巧みに利用されている。
「不老庵」は肱川を見下ろす崖の上に立つ茶室で、川面の月光が天井に反射するように設計されている。
「不老庵」から見た肱川。
「不老庵」の縁側から川面を覗くと、柚木橋のたもとから向こう岸まで、肱川の秋の風物詩になっている「瀬張り漁」の仕掛けが見えた。
対岸の肱川・如法寺河原から見た「不老庵」は、高床構造で、崖の中腹に建っている。