麺通団のうどラヂテキスト版 編集 田尾 和俊

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団長:私はうどん店のオープン情報や閉店情報についてはいつも、あんまりタイムリーに入手していないのですが。

ごん:「興味がない」というわけではないんでしょ?

団長:情報としては知っとかないといかんのやけど、「いち早く情報を入手してみんなに知らせる」とか「オープン日や閉店日に並ぶ」とかをあんまりしないという意味でね。

H谷:でも「偶然閉店日に出くわす」みたいなことは何回かありましたよね。

団長:ありました。ほんで、あるたびに何かネタを拾うというか、作るというか(笑)。というわけで、今回はそのうちの1回、イケメン大将でおなじみの「橙家」の閉店日に、これは「わざわざ行った」という話の回です。

橙家、最後の日

団長:こないだ、『インタレスト』の締切で身動き取れない状態になって、「団長日記」で「今日と明日、すまんけど誰も俺に電話してくるな」いうて書いたやん。

ごん:書いてましたね。よっぽど追い込まれてたようで。

団長:ほんだらな、電話がかかってきたんだ。

ごん:あっはっは!どこからですか(笑)。

団長:団員Dこと、百々君から。

H谷:百々さん「団長ウォッチャー」なのに、日記見てなかったんですかね(笑)。

団長:それがね、「緊急情報です」言うて、百々君も何か信頼できない人からの噂レベルで聞いたんだって。

ごん:ほうほう。

団長:百々君の周辺のマニアックな人から百々君に、「詫間の、あの“キノボリヤ”こと『橙家』が、ま、パロットのマスターが読み間違えただけやけど、『橙家』が店を閉めるっていう噂を聞いた」って電話があったらしいんや。

ごん:それは緊急情報ですよ。

団長:ほんで、百々君が「そんなガセかどうかわからない情報を団長にお伝えするわけにはいかない」ということで確認しに行ったら、店を閉めるような表示が何も出てないのに、大将に聞いたら、「やめます」と言われたと。

ごん:あら。

団長:「“5月27日の月曜日が最後です”って言われた」という百々君からの電話が、その1日前の26日に俺にかかってきたんだ。

ごん:それは団長の日記を無視しても電話かけてこないといけません。いやしかし、それにしても讃岐うどん界の中堅どころの何というか…

H谷:新進A級店の一角ですからね。

団長:何か、奇跡的な綱渡りのような情報が、細~く、マニアの方から百々君に行って最終日に俺の所に間に合ったという、俺の長いうどん人生の中でも2軒目か3軒目の…

H谷:結構ありましたよね(笑)。

団長:あったあった。何の気なしに久しぶりに飯山の「木村」に行ったら「今日で終わりや」って言われたこともあったし。それで今日27日、今、夕方に録音してますが、まさに今日で閉まるという日にワタクシ、大学の研究室からH谷川君に電話をさせていただきまして。

ごん:はいはい。そこは相手がH谷川様ですから「させていただき」まして(笑)。

団長:近年何でもかんでも、「そこは違うやろ」いう場面でも「させていただきます」言うやつが増えてるらしいけど(笑)、これはまあ正しい使い方やろ。ほんで、「H谷川君、今日の昼はどこにうどん食いに行くんや?」という電話を入れまして。

ごん:「H谷川君は昼はうどんを食いに行く」という前提の電話ですね(笑)。

H谷:おかしな話ですよね。

ごん:けどまあH谷川君の体は8割がうどんでできてますから、それほどおかしくはないですけどね。

団長:ほんだら「坂出のてっちゃんに行く」って言うから。

ごん:やっぱりうどんやんか(笑)。

団長:「そっちやめて橙家に行こう」って言うたんや。ほんで昼の12時半頃、H谷川君に迎えに来ていただきまして。

ごん:そこは正しくは「迎えに来させて」(笑)。

団長:「橙家」の最終日に行ってまいりました。

ごん:素晴らしい。

団長:行ったら1時ぐらいだったっけ。

H谷:そうですね。

団長:ほぼ満員なんだ。

H谷:満席でしたね。

ごん:やっぱり、いつも来ていらっしゃる常連さんとかは今日で閉店するのを知ってたとか。

団長:それがな、みんな知らない感じなんや。

H谷:知らないみたいでしたね。

団長:俺らが最後、店を出て記念写真を撮ってたら、食べ終わって出て来たお客さんが「えーっ、今日で終わるんですか?知らなかった!」って言いよったもんな。

H谷:「今聞いた」みたいなことを言ってましたね。

団長:店の表にも「今日で終わりです」みたいなことを張ってないし、いつもと同じような状態で。あれはいろんなものの「終わり方の美学」の一つやね。俺も今まで連載とか本とか会社とかいろんなものを終わってきたけど、ちょっと共感できるものがある。

ごん:確かに、団長もそのあたり全部、何事もなかったみたいに終わってきましたからね。

団長:「ゲリラうどん通ごっこ」なんか、10数年も連載してきたのに最後、一話の前編で終わったからな。

H谷:あれはひどい終わり方でした(笑)。

団長:ま、そういうわけで店に何の表示もなかったから「ほんまかなあ」思いながらガラッと開けたら、厨房で作業していた大将と目が合うたんだ。ほんで俺がちょっと手を挙げたら、何か笑顔やけど「すんません」みたいな顔をして頭を下げてきたから、「やっぱりそうか」と思って。ほんでそれからもう涙が止まらなくなって、店に入ってテーブルについても感無量というか…

ごん:H谷川君が今、鼻で笑いましたよ(笑)。

H谷:一応僕、目撃者なんで。

ごん:そうや!いつもやったら団長の話が本当かどうかの判断が付かんけど、今日はH谷川君、見てたんや。

H谷:目の前でいましたからね。

ごん:どうだった?

H谷:全くそんなことなかったですよ。

ごん:あっはっは!

H谷:ただね、ちょっと口数が少なかった気はしましたけどね。

団長:今日はちょっとレポートがやりにくいな。で、テーブルについてH谷川君と向かい合わせで座ったんやけど、メニューを選ぶところから俺、普通の日と違うかっただろ? 

H谷:ええ。

団長:俺、「橙家」では「肉汁付けうどん」以外はほとんど頼んだことがなかったんやけど。

ごん:「橙家」の一番人気メニューですからね。

団長:最後のメニューに何を頼むかと、ちょっと悩んだ結果、ずっと食べて来た「肉汁付けうどん」ではないと思ったんや。ほんで、H谷川君に「いつも何食べよん?」って聞いたら「エビ天ぶっかけ」って言うから。

H谷:僕はいつも「エビ天ぶっかけ」ですから。

団長:「橙家」のラインナップの中でも100円ぐらい高いやつや。

ごん:団長を目の前にして(笑)。

団長:そやから、H谷川さんのお気に入りなら最後のメニューにふさわしいと思ってね、最終的に私が選んだのは「エビ天ぶっかけ」。

H谷:そのせいで、僕は1ランク安い「梅しそぶっかけ」を食べるハメになって。

ごん:あっはっは!一歩引いて(笑)。

団長:しばらくしたら「エビ天ぶっかけ」が出てきました。私はほんとに最後の「橙家」、今、話をしよっても目頭が熱くなるような最後の「橙家」の「エビ天ぶっかけ」を…

ごん:涙でエビが見えないぐらいにね。

団長:はいそうです。もう、エビやらチクワやらわからない状態で。

H谷:その後ですよ、ごんさん。聞いてくださいよ。団長、何したと思います?

ごん:え?何かやらかしたん?

H谷:今日で終わりの「橙家」ですよ。それなのにまず、最初は「エビ天ぶっかけ」を見て「ええ麺出すのー」ってしみじみと麺を語られたんですけど、それでダシを飲んだら「ダシはちょっと俺には薄いけど」って、今日辞める店にダメ出ししますか! 

ごん:あっはっはっは!

H谷:さらにその後、「俺、やっぱりちょっとショウガは微妙やね」って、ショウガを除けるんですよ。

ごん:あっはっは!

H谷:さらに、きれいな形に切ってあるレモンも「レモンも俺はちょっと…」ってね。今日で終わりっていう店のメニューぐらいちゃんと食べましょうよ!

ごん:あっはっはっは!

団長:最後の日で「もう直しようがない、明日から直す人もいない」っていう麺に対しても全力で向かうという、それこそが、団長ならではの愛の表現やんか。

H谷:ダメですよ、そんなことでは。

団長:「一福」の大将に成り代わって、すみませんでした。

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