麺通団のうどラヂテキスト版 編集 田尾 和俊

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団長:日本文化には「形式美」というものがあってね。

ごん:話がどこに行くのか全く想像も付きませんけど、「様式美」とかもよく言いますけどね。

団長:そうなんよ。俺も「様式美」かと思いよったんやけど、広辞苑で確かめてみたら「形式美」は載っとるけど「様式美」いうのは載ってないんよ。

ごん:じゃあ、「様式美」いうのは誤用なんですか。

団長:厳密に言うたらそうなんやろか。けど「形式」と「様式」は載っとるから、まあ要するに「形式や様式の美しさ」ということで、そういうものが日本文化にはあるわけだ。それが近年はだんだん廃れてきよると。

ごん:嘆かわしいことです。

団長:で、日本の伝統食の一つである「うどん」にも、本来、その作り方や食べ方に「形式美」を醸し出す「所作」というものがあるのではないかと。あるにならここで我々がきちんと継承してはどうかと思ったわけです。

ごん:いいですね。けど、「日本そば」には何か“通”と呼ばれる方々の間で「所作」っぽいものが語られたりしますけど、「うどん」はそういうの、あんまり聞きませんね。

団長:というわけで、日本文化としての讃岐うどんの「所作」に触れた回をどうぞ。

ごん:ま、そんな大げさなものを語った記憶はないんですけど(笑)。

美しいテボの振り方

団長:こないだ。

ごん:はいこないだ。

団長:「がもう」に行ったら、釜のところに大将でなくて、ガモムスが立っとったんや。

ごん:何か粗相でもして?

団長:両手に水の入ったバケツ持たされて立たされとった…って、ちゃうがな。ガモムスも経験を積んで一人前になって、ついに釜場に立つことを許される身分になったんや。知らんけど(笑)。

ごん:いよいよ世代交代ですか。

H谷:がもうの大将は最近、朝から釜に立ってますけど10時頃には釜場をガモムスさんと弟さんに任せて奥に入ってますからね。

団長:大将、先発して2回投げてベンチに下がるから、好投しても勝ち星がつかない(笑)。けどまあみんなそうやって若い世代に技術が引き継がれていくわけで、出てきたうどんもちゃんと“がもうのうどん”で、とてもおいしく頂いたんやけど…

ごん:やけど?

団長:ガモムスのテボの振り方がね。

ごん:どうなんですか。

団長:せわしない(笑)。

ごん:あっはっは!

団長:お客さんが「あったかいの」を頼んだら、ガモムスがセイロの玉をテボに入れて茹で釜の湯に浸けて、湯を切って玉を丼に入れて渡してくれるんやけど、その湯を切る時に、テボをこう、チャッチャッチャッチャッチャッチャッチャッチャッいうて細かく何回も振るんや。そこの「所作」に、父ちゃんの落ち着きと余裕が欲しい、というのが私のガモムスに対する唯一の注文や。

H谷:ガモムスさん、今日もゲストに来られてますけど、どうですか?

ガモ:これ聴いたお客さんが店に見に来られたら、今度は震えも来ますよ(笑)。

団長:ほんだらもっとせわしなくなるんか。

ごん:ほとんど振動みたいになって(笑)。

H谷:それもう、水切りの新技ですね。

団長:ちなみに、この「テボの水切り」については昔、某うどん店の社長が言いよったんやけど。

ごん:あの「スナックトークの王者」の社長ですね(笑)。

団長:そう。真冬でもアイスコーヒーを飲む社長。ほんで、スナックのおねえちゃんに「何で冬やのに冷たいん飲むん?」って聞かれて「毎日家で煮え湯飲んみょるきんな」言うたという、そういう鉄板ネタをいっぱい持っとるあの社長が生前言いよったんやけど、「テボに入れたうどんを湯に浸けて持ち上げたら、位置エネルギーによって湯は勝手にザーッと下に流れるんや」と。

ごん:位置エネルギー!(笑)。

団長:ただのスナックトーク親父はそんな単語は出てこん。

ごん:さすが社長です。

団長:それでな、「ほっといても湯が落ちてくれるのに、それをチャッチャチャッチャしたら麺が傷むだけや。あれは持ち上げて湯をザーッと落として、一回チャッとやるだけで十分や」って言うんや。それを聞いて「なるほど」と思って、あれ以来、俺はテボを使う店ではいつもそうやって持ち上げてザーッと切って、1回だけテボをチャッとやって丼に入れるようにしとる。

ごん:でも、それだとちょっと水っぽくなりません?

団長:まあ気にならんくらいには切るけど、「形式美」を求めて「所作」の方を優先するなら、ある程度の我慢が必要になるんじゃ。

ごん:確かに、「美しさを求めるには我慢が必要になる」というのは一つの真実です。

ガモ:でもまあ、チャッチャやったら麺が傷むいうても、そっちもそんなに気にするほどではないと思いますけど(笑)。

H谷:それと、やっぱり店側にしてみたらしっかり水を切っとかないと、「湯切りが足りんでダシが薄まる」とか言うお客さんもいますからね。

団長:それでな、うどん屋でみんなのテボの振り方を改めて見よったわけよ。そしたら、押し並べてベテランの大将や客のおっちゃんはあんまりチャッチャチャッチャせんと、ザーッと湯を切って1、2回だけチャッとするか、テボを釜の縁でコンとやるだけでうどんを丼に移しよる。その一連の流れるような所作を見たら、やっぱりあんまりチャッチャチャッチャやらない動きの中に「うどんのテボの水切り所作の形式美」があるのではないかと思うわけだ。

H谷:確かに、ゆったり流れるようにテボを振るのは、何かいい感じですよね。

ごん:あの、テレビで玉に見るんですけど、ラーメン店の店主とかがよくやる大げさなパフォーマンスみたいな水切りはどうなんですか?

団長:あれか? こーんな持ち上げて、こーんなとこからこーんな勢いで下ろしてくるやつ。

ごん:ラジオでは全く伝わりませんが(笑)。

団長:たいていみんなわかるやろ。あの「サタデー・ナイト・フィーバーか!」みたいな。

ごん:例えが古いし(笑)。

団長:あれはちょっと、見てる方も何か恥ずかしくなったりせんか? 香川のうどん屋にはさすがにそんなとこはないやろ。

H谷:それぐらい高く上げるうどん屋さん、僕、1軒知ってますよ。

団長:どこ?

H谷:清水屋さん。

ごん:あっはっは!

H谷:「うちが元祖天空落としや」言うてますからね。

ごん:あっはっは!

団長:ま、清水屋さんはトラボルタ世代やから「よし」としよう(笑)。

H谷:けど、近年、セルフの店とかで自動の水切り機が出てきてますね。うどんの入ったテボを入れたら、「ブーン」いうだけで水が切れる機械。

団長:あれ、最初見た時、中でテボが高速回転するんかと思て恐ろしくて入れられんかったんやけど、違うんやの。

H谷:そんなんだったら腕、ねじれますよ!

団長:スイッチ切ったらねじれた腕が高速で戻ってもう一回水が切れるやん(笑)。

ごん:「トムとジェリー」やないんですから。あれはエアで水を吸引してるんです。

団長:まああれは「所作の形式美」とは真逆の「合理性」を求めた機械やから、今回のテーマとは相容れん。

ごん:けど客としてあれをやると、ちょっと何か「水を切った」という感じがしないんですよね。ズボッと入れてブウーンいうだけでね、何か「振りたいなー」いう気持ちがちょっと残るんよね。

団長:確かに。テボ持たされたらたいていみんな、ちょっと振りたくなる(笑)。

ごん:で、どうせ振るならいい感じで振りたいと。

団長:そういうわけで、うどん屋の形式美の中に「テボ振りの所作」というのを一つ入れておきたいと思います。

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