麺通団のうどラヂテキスト版 編集 田尾 和俊

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団長:一般的に、我々昭和のオッサン業界では「テレビ」と「ラジオ」と「新聞」と「雑誌」の4つを「マス媒体」と呼んでいるわけですが。

ごん:その業界名は初めて聞きますけど、いわゆる「マス(大衆)にいっぺんに情報を届けるメディア(媒体)」ということですね。

団長:今言うてて気がついたけど、「マス媒体」いうのは、ちょっと言葉の組み合わせがおかしいな。

ごん:と言いますと?

団長:英語の「マス」が日本語の「大衆」で、英語の「メディア」が日本語の「媒体」やから、組み合わせるとしたら普通、「マスメディア」か「大衆媒体」だろが。

ごん:あ、確かに。

団長:どういうことやろ。「重箱(じゅうばこ)読み」とか「湯桶(ゆとう)読み」みたいなことかな。

ごん:「音読み」と「訓読み」が混じってるみたいな。

団長:あるいは、芥川龍之介の言う日本人の「造り変える力」みたいなもんか。

H谷:あのすいません、僕にもわかるような会話してもらえません?

団長:「造り変える力」は日本人の行動原理を解き明かす重要な概念やから、暇があったら調べておきなさい。

H谷:勉強します。

団長:で、そのマス媒体の中でも、ラジオは「マス」に対してある部分、特殊な関係性を持った「メディア」だと言える。

ごん:どういうことですか?

団長:すなわち、マスメディアの番組や記事は基本的に「広く一般大衆」に向けて作られてるけど、ラジオは「パーソナリティとその番組のリスナー」だけが“了解”してるような番組が、結構あちこちで成立しとるわけだ。そのままテレビや新聞や雑誌に持って行ったら「身内だけにしかわからんような番組や記事をやるのはいかがなものか」とかいうて批判されるようなものも、ラジオなら「それがラジオならではのおもしろさだ」とかなって受け入れられるという特殊性がある。

ごん:なるほど確かに。『うどラヂ』はまさにその典型ですね。

団長:というふうに、メディアの考察みたいな高尚な話を装って『うどラヂ』のいい加減さを正当化しようとしたんやけど(笑)。

ごん:おっさんおっさん!

団長:というわけで、そんな「一般大衆にはどうでもいい身内ネタ」の回を一つ。

「編集牛」から「教牛」へ。

団長:目的のよくわからないハガキが1枚届いておりまして。

フランス料理の「レ・クリスタリーヌ」という店の姉妹店がオープンしたらしいんですけど、その姉妹店の名前が「カウベル」だそうです。

団長:…という。

ごん:たぶん牛つながりですよ(笑)。

団長:あ、そういうことか。というか、この番組から我々を知ったリスナーの方々は、俺がタウン誌の編集長時代からずーっと「牛」って不当な呼ばれ方をしていたことをたぶん知らんぞ。

ごん:不当かどうかは別にして、知らん人も多いでしょうね。改めて説明しておきましょうよ。

団長:しょうがないな。じゃあとりあえず団長として一応正しい情報を伝えておきますが、ワタクシは『タウン情報かがわ』の編集長をやっていた頃に、読者及び編集スタッフから、不当にも! 「牛」というニックネームを付けられていたわけです。

ごん:とりあえず「目が大きくて離れてて頭が大きい」ということでね。

H谷:ええええ。

団長:そこは納得するんかい! で、まあそれでね、それがその場の冗談ならまだしも、そこからなし崩しに読者や編集スタッフから「編集牛(へんしゅうぎゅう)」と呼ばれ始めまして。

ごん:はいはい。

団長:そのうち親会社にも「編集牛」で通じるようになってしまいまして。

ごん:もう、名詞の肩書きにも「編集牛」と書かれそうな勢いでしたからね(笑)。

団長:で、それからいろいろ頑張った甲斐があって専務になった時に、「専牛(せんぎゅう)」と呼ばれ始めまして。訓読みをすると「もっぱら牛」。

ごん:“専門牛”ですね。

団長:で、その後、社長になった時に「社牛(しゃぎゅう)」になって、社長を辞めたらタダの株主ということで「株牛(かぶうし)」になった。

H谷:はははは。

団長:それから大学の教授になっら「教牛(きょうぎゅう)」になって。

ごん:字面だけなら「ん?」ぐらいですけど、発音すると完全に「イカれたおっさん」ですからね。

団長:何でやねん。で、その同じ頃に勝谷さんの紹介で吉本興業にマネジメントしてもらうことになって、「吉牛(よしぎゅう)」にもなった。

ごん:これは見事でしたね。字面も読みもまさに本家と一致です。

団長:それがや、俺が「教牛」と「吉牛」になったのが2003年頃やけど、2001年頃から日本で「狂牛病(BSE)が発生し始めて、その影響で2004年から吉野家が牛丼の販売を中止したんや。

ごん:おおっ! まさに団長が「時の人」になったわけですね。

団長:ま、私の周り以外は誰も知らん話やけど(笑)。そういうわけで、不当にも私が「牛」と呼ばれてきた歴史はそういうことで、まあこれまでいろいろと“牛ネタ”でいじめられてきたというわけです。

ごん:ま、イジメには遭ってないですけどね。

団長:ちなみに、私が編集長をやってた頃に高校生の読者だったO西K彦が「編集長のサインを考えてきました」いうて3案か4案ぐらい持ってきたんやけど、そのサインの案が全部、名前のバックに大きく「牛」って書いてあるんよ。まず大きく「牛」という漢字が斜めに大きく走って、その上に「田尾和俊」って名前を崩して乗せてある。

ごん:ほんま失礼なやつですね。

団長:俺もさすがにそれ見て「誰が牛や!」いうてツッコんだんやけど、今、その中の1つを使いよんや。

H谷:採用してるじゃないですか!

団長:でもあれから私はウォーキングの甲斐あってすっかりスマートになって。

ごん:“痩せた牛”になったと。

団長:何でやねん。

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